『 懐かしい硝煙の中の記憶に 』

風に頼りなく揺れている 長い草の向こう側に
いつか夢に出てきた顔がのぞいた
おいしそうに焼けたやわらかなパンみたいな色の中で
真っ白な歯がこっちを見て 笑っていた

かぶっていた麦わら帽子が 不意に吹いた風に乗って
どこへともなく飛んでいった
追って見上げた空はただ蒼くて
白い雲に浮かぶリボンは音もなく 溶けていった

君は笑っていた 無邪気な顔をして
飛んだ帽子のことなど 気にも止めていないかのように
僕の目から涙があふれた
裏切りの血と無知の壁のあいだ 僕は涙を流しつづけた

時は過ぎ
蒼い昼は紫紺の夜へ 黄金の太陽は蒼銀の月へと
それぞれ舞台を譲り去って 冥界へとくだりゆく
星々は今宵のうちに鎮魂曲を奏で 太陽はやがてまた輝くだろう

君はまた笑うだろうか
夢に出てきたその顔 何も知らぬままで
悲しいほどの無垢なこころはきっと
きみの命の終わりでさえ 笑わせているのだろう

しろい炎の燃え尽きるころに 僕はあの声さえも
大いなる獣の 犠牲にしなくてはならない

『 そしてこの手は その引き金をひいたのだ 』

時よ どうか僕からあの声を奪わないでおくれ
あの過去を傷のまま 残しておいてはくれまいか

どうか……



 ネルガル・U・ナブ著 『暗闇と血の隙間の光』より『懐かしい硝煙の中の記憶に』
 星歴744年初版 旧アステリオン帝国出版社




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