周りをとりまく風が、突き刺さってくる。 とびこんだ意識の中は、奈落だった。落ちても落ちても底を知らない闇。ブラックホールにとらわれた光はこんな気分なのだろうかと、思わず考えてしまうほどに深かった。 そのうち、体を切り裂くようにまとわりついてくるその風が、懐かしい音なのだと気付いた。 俺のうまれた雑音だ。 冷たい雪の吹きつける音。紅い悲鳴と、透明な雄たけびのなかで生まれた俺のすぐそばで、吹き抜けていった氷の風たちの激しい歌だ。 小さな手をすりぬけて大声で嗤っていたのに、ひどく哀しくて優しいメロディ。 目を閉じてその旋律に身を任せていると、ふいにその奈落が道であったことに気がついた。俺とあいつがいつもすれ違っていた道だ。どうして気付かなかったんだろう。あいつが浮かぶとき、俺はこの道を沈んでいたはずなのに……あいつが沈んだままだから、分からなかったのかもしれない。 気付いた瞬間に、ふっ……と足が地面についた。 確認するように足を踏みしめる。眼が闇になれてくるようにして、浮かんできたのはいくつもの記憶へと至る道。このどこかの先に、あいつがいるはずだ。 同時に歌が聞こえる。今度は嵐のように力強いものではなかった。消え入りそうなほどにか細くて、でも聞いたことのない不思議な旋律。ぼろぼろになった布切れのような、まっしろな道からそれは聞こえてくる。 ここは夢、俺たちの共有する心の世界。全く違うもののようで、本当は表裏一体のこころだ。俺とあいつを繋ぐ、唯一の鎖がそこにある。 自分が消える覚悟。もういちど確認して、俺は暗黒の中にうかぶ道へと歩を進めた。 吹きつける風が、体に突き刺さってくる…… |
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