白のなかに、あかい雫。

意識も記憶も、もうだいぶ回復してきていた。白い雪が修復した「僕」は、立ち上がった足をふらつかない程度にはしてくれていた。

きづくと、それは浮かんでいたんだ。ぽつり、と空間におかれた小さな紅朱い色の点。やがて深い穴から抜け出るように人の形を成して、目の前に立っていた。ぼろぼろになった傷だらけの姿で。

まるで数刻前の僕みたいだ。そう思った。

違うところといえば、乾ききっていた皮膚が透明な血で濡れそぼり、気力のなかった表情が不適な笑みにいろどられていること。足もとはふらついているが、そのまなざしは、信じられないほどに強い光をたたえていた。

何かに引っ張られるようにして、彼に歩みよる。

ぐらり、と傾いだ彼の肩を、僕の腕が支える。細くて弱いこの腕には、彼のからだがずっしりと重かった。不思議な感じがする……あったこともないはずなのに、何故か「いつもと逆だ」と思ってしまったから。

ゆるりと流れる時間。冷たい風。夜。なまぬるい……死の感触。全てに覚えがある。

浮かんだ景色、あれは何だった。腕の中にいるのは、誰だった?

吹雪く夜、ゆらいでいる薄っぺらな刃、ひたりと近づいてくる恐怖、追い詰められた狂気、生温かい赤の影。

しろのなかに、あかいしずくがしたたりおちる。







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