ゆらり。
視界がかすむ、世界が歪む。あいつにむしりとられていった体は、痛くも痒くもないけれど血でずぶぬれだ。

暗い中をすすむうち、光がみえた。次の瞬間、左の眼球がはずれて落ちた。腕を伸ばせば枯れた小枝のように落ち、足を踏み入れれば乾いた音を立てて折れた。俺はもはや、なにかの残骸でしかなかった。

バランスを保てなくなって崩れた体を、いったい誰が支えたのだろう。

何も見えなくて、何も聞こえなくて。細くてたよりなさげな腕の感触だけが、俺の感じるすべてだった。あたたかな手だ……それはどこか、優しかった母さんにも、力強かった父さんにも似て。

あかくゆらいだ視界の隅にふと、ずいぶんと顔の変わったあいつがみえた。いつの間にあんな顔をするようになったのだろう。わがままなだけの子供は、どこにいった?

……ああ、そうか。俺のほうが、本当はガキだったんだな。

目をそむけてきた、くるしい現実。やらなければならないことはまだたくさんあると、やっと気付いたのに……どうして俺の手は、こんなに透きとおってみえるのだろう?

ゆらり、ユラリ、ゆらり。

俺のこころは、空気にとける霞のように。







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