鏡の中に、僕がいた。

血まみれになって、金属でできたうすい羽根をふりかざしてくる。その腕が鏡の中から飛び出してきて。それから、ホンモノの自分と鏡の虚像がみわけられなくなってしまった。

僕は鏡をみていた。

鏡は僕をみていた。

虚像のせかいからこちらを見つめれば、きっとこちらが虚像に見えるんだろう。違うようにみえて、本当は裏も表もないんだ。

現実の中で、嫌われるのが怖かった。すこしでも怒らせれば、僕からみんなが離れていくようで……怯えながら、自分の考えてることなんて口に出せなかった。

いや、自分の考えなんてはじめから持っていなかったのかもしれない。みんなに合わせていればいい。知ったかぶりでも、僕はそれにあわせるから。おいていかないで、おねがい。

そんな僕のこころは全部借り物でできている。知りもしないことにうなずいて、すこしでも意見をたがえてしまうことに怯えて……それなのに見栄っ張りな僕は、できもしないことに手を出して。結局みんな駄目にしてしまうんだ。

いつのまにか、僕はなにも話せなくなっていた。だってそうしないと怒られるんだもの。父さんはぶつし、母さんはタバコの火を押し付ける。友達にだって、すこし強くいわれたりマチガイを言われると、それだけでもう何も言えなくなってしまう。

こわくて、こわくて。逃げるように鏡のトビラをあけはなってしまった。

そこにはもう一人、僕がいた。今、この腕の中で喘いでいる「もうひとり」は、弱い僕。臆病でぬりかためられた、ぶあつい鎧だ。重すぎる鎧では、一歩すらも前に踏み出すことはできなかった。

……僕は、鏡の中にいたんだ。







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