もう、なにもわからなくなった。

俺という存在自体がうすれていく。偽りだけで組み立てられた自我が、中身をぶちまけながら崩れていく。

なにかに抱かれたまま、つつまれたままで、自分が拡散していくような変な感じがした。こころは一つだけなのに、からだは穏やかにばらけていく。ふわふわとした空気の中に、すこしづつとけていくんだ。

初めはゆるりと緩慢に、あいつを殺してしまうつもりだった。

血に飢えた白い影、それが俺。自由の楯を掲げるふりをして氷の棘をかくしていた、鬼の守人。本心と本質の、わずかにずれた亀裂の中で まどろむ泥人形は、すべてを忘却の檻に閉じこめて……かすかな笑みを浮かべていた。こわれたままの仮面をつけて、俺はゆらいでいた。

虚ろになった自分が、夢の道をたどるうちに聞こえてきた深遠へのスケルツォ。あわせられる雨の足韻はやがて、たおやかなる雪の舞いにかわり、さいごの記憶を飲み込んでいく。

風が、ひゅうるりひゅうるりと、情けない声で嘆いている。あいつがひとつ、母親のことを嫌いになるたびに俺は身をよじった。金色の瞳は、悲しみと恐怖に燃え上がり……小さな手に返り血を飛ばした。

本当に護るべきはなんだった?

俺を生んだのは、あいつの自己防衛本能。大好きな母さんが僕をいじめるはずがない、これは別のひと……そんな逃げから生まれた。これだけ逆の性格だ、本当はあいつが母親を殺すつもりなんてなかったはずなのに、俺はあの女を切り裂いた。……俺は復讐をしたまでだ。

ああ、もう消える。

なにもわからなくなったのに、それだけは解っていた。透明になっていく俺、あいつの中にいる俺。きっともう、次に目を覚ましたらそれは僕だ。

おれは、もはや、霧 まぼ ろ し  の  ご  と   く

……







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