ここは黒い。暗いわけでも明るいわけでもなく、ただ、黒い。 浮かび上がるのは俺の死体。ふたたび影にもどった俺の遺骸は、ぼろきれさながらに、ひろく黒いその場所をただよっている。 すべてを手放した。もはや何も残ってなどいない。意識さえ分解して、自分が何人もいるような、一人もいないような、そんな妙な気分だ。そこにあるのは気持ちのカケラ、溶けかけたこころの破片でしかない。 俺と、あいつと。ふたつにみえて実はひとつの消えない傷は、これからもずっと一緒に生きていかなければならないものだ。俺がいて、お前がいて。それでも目を背けてきたそれに、お前は向かい合わなきゃならないんだ。それも生涯ずっと、だ。 ならば、とまだ意識のあったころに決心した。くずれていく世界の真ん中で、傷だらけの腕をたかく振り上げる。俺は、傷をおおう蓋になろう。目をそらさずに見つめられるように、けれども決して忘れないように。 俺が生きていた証に。 俺が恐れていたのは、きっと世界に忘れ去られてしまうことだった。影である俺は、いつも本体の後ろにしかいられなくて、弱いあいつについてまわることしかできなかった。寂しくて、振り向いてもらいたくて。あいつを護りたかったのは事実だけれど、それ以前に自分も弱いなんてことを、認めたくなかったのかもしれない。けれど所詮、かげは影だ。幻の切れ端でしかない。鳥が片腕では飛べないのと同じで、俺もあいつも、バランスが取れなければただの無謀なイカロスだ。 気が遠くなってきた。もう、本当に消える。 とけかけた気持ちのカケラだけでこれだけのことを考えられるのだから、あいつにはもっといろんなことが考えられるだろう。俺は死なないことだって、きっとわかっているはずだ。 俺とあいつの言葉ときもち。交わされたそれは真実であるけれど幻だ。事実をうつしたはかない夢。それでもいいんだ、大切なことを知る きっかけにはなったんだから。 さいごには、笑ってうたっていよう。さっきまでお前の歌っていたうたを。 ……悲しみの送歌を。 |
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