怖い。 体がふるえる。歯がかみあわなくなって、背筋に冷や汗が伝ってくる。背後からせまってくるのは、わけのわからない「何か」。 はじまりはただの夢だった。幼いぼくは光の中で笑っていて、父さんと母さんと三人で、スキー場にいた。父さんは僕をのせた青いプラスチックのそりを引っ張ってくれて、母さんは一緒に雪だるまを作ってくれる。ただひとかけらの、そんなたわいのない記憶。 でも、それをみている僕は震えていた。たしかに僕の記憶なのに、僕自身の記憶ではないような気がしてしまったのは何故だろう。あたたかい光が、怖くて仕方がなかった。 最近、光がぼくを捕まえて連れて行こうとする。逃げ出した僕は溶けるように闇に息をひそめるんだ。そうすれば、彼のせなかが護ってくれる。 けれど。 そうして僕が隠れるたびに、彼の姿は光にそまる。まるで透明だったのが少しずつ、その姿を現していくように。光の刃から僕を護りきると、きまって差し出してくれる手は赤い血のかよった手だ。僕の手は、その手に触れるとわずかずつ黒ずんでいく。 その手を見るのが怖くなった。それに、このところ僕は何かにおびえているようだ。たくさんあるそれが何かは、はっきりとは分からないのだけれど。 ひとつだけ、はっきりとわかる「怖い」の理由がある。彼が消えてしまうことだ。もう大丈夫だと頷いてくれたあの顔が、どこかへ行ってしまう……それは僕には、耐えられない。 怖い、こわい、恐い、コワイ…………! いずれ何もかもが怖くなって、生きていることにすら恐怖をおぼえるかもしれない。どうすればいいのか、まるで検討がつかなかった。そのうち考えることが怖くなってくる。全てに背を向けられ、背を向けて……そうして彼を失って、僕はどうすればいいのだろう? ならば。 僕自身が消えてしまえばいいんだ。僕が消えれば、彼はきえない。僕がいなくなれば怖くない。 僕自身を殺すことは、怖くない……。 |
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